ちっとも恐くない 聖書の終末


「人類最後の男が机に座って遺書を書いていました。
すると後ろのドアをノックする者がありました。それは○○でした。」 
さてあなたは、この○○に何と書き入れられますか?
ふさわしい言葉を入れて、絶体絶命のピンチを逆転させてください。

「それは風の音であった。」と入れられますか?
これだとますます絶望的になります。
「それは宇宙人であった。」
これで幾分か希望らしきものが出てくるでしょうか?
でもまだ逆転にはなっていませんね。

ある人がこう書き入れました。
「それは人類最後の女であった。」
こうなるとそこから新しい人類の歴史が考えられてくるではありませんか?
まさしく逆転です。


それでは聖書の終末観について,三つのことを紹介させてください。

(1) 一つ目は、聖書は預言の言葉に満ちているということです。

ご存知でしたか? 聖書は預言の言葉に満ちているのです。
そしてその預言は事実100%成就しているのです。
信じられませんか?
でも実際そうなのです。
その事実が、聖書は神の言葉であるということの証明なのです。
確かめてみたい方は、ぜひ教会をお訪ねください。
ご説明いたします。



(2) 二つ目は、その預言と成就との関係を調べてみると、
  歴史はイエスキリストによる全人類の救いという支点に支えられているということがわかります。

歴史のことを英語でhistory(ヒストリー)と言いますね。
それは、his story(イエス様の物語)のことなのです。
この歴史はイエス様による救いの物語なのです。



(3) 三つ目は、聖書は世の終わりについて克明に記しています。

そして確かにこの後、苦しみの時代を迎えることも預言されています。
でも、イエス様はそのことを「赤ちゃんが生まれる前の出産の苦しみのようだ」と言われました。
つまり、本当の喜びが来る前の束の間の苦しみと言われたのです。

世の終わりの向こうに本当の命があります。
天国の永遠の命(満ち足りた命)があるのです。
であるなら、終末を恐れる必要は全くありませんね。
感謝です。

どうぞ教会においでください。
終末について、明るく、希望をもって一緒に話をしませんか?

 

 






 



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